まもなく当機は着陸態勢に入ります。シートベルトを締めて衝撃に備えてください
 
 
 
アナウンスが流れ、シートベルトの着用が促される。
座席に取り付けられている液晶画面にも同様の表示がなされ、頭上には未着用を示すランプも点いている。
 
俺は指示通りシートベルトを締め、ついでに隣に座って寝ているイリヤのベルトも、掛かっていた毛布の上から締めてやった。
 

 
それでも彼女は眼を覚まさずに、むにゃむにゃと口を動かしている。


  
俺たちは今、日本からロンドンへの直通便に乗っている。
日本を出発したのが昼の十二時頃で、十二時間近く乗っていても日が出ているのは、ロンドンは緯度が大きいためと経度による時差があるためだ。 

今は四月の上旬、イギリスのサマータイムを考慮に入れると、日本とロンドンでは約八時間の時差がある。

つまり、日本を正午に出発し、十二時間フライトしたのだから現在の日本は深夜の十二時頃で、それよりもロンドンの方が八時間前の時間になるわけだから現地時間では午後四時頃ということになる。
 
だから、イリヤが起きなかったのも仕方のない事かも知れない。
日本での我が家の朝は早かったので、普段なら今の時間は眠っているはずだからだ。

それに自分自身、海外は初めてなので時差ボケも初めての経験だった。
なんとも不思議な気分だ。
 
遠坂、桜、起きているか?」
 
席に座ったまま、後ろの座席に座っている二人に声を掛けた。
 
起きているわよ。桜はまだ寝ているけどどうかしたの?」
 
少し眠そうな遠坂の声が返ってきた。
 
「いや、空港に着いた後、どうやって家まで行くのかと思って」
 
「セラに空港まで車で迎えに来てもらうわ。ほとんどの荷物は先に送ってあるし」
 
セラさんとリーゼリットさんは二週間ほど前から先にロンドンに来ていて、屋敷の掃除と送られてくる荷物の受け取り、及び整理をしてもらっていた。
おかげで俺たちはほとんど荷物を持っておらず、まさに着のみ着のままだった。
 
そうか、わかった」
 
あの二人には今度何かお礼をするべきだろう。
リーゼリットさんが言うには、セラさんは庶民のケーキが好きらしいし今度、街中を散策しながらケーキ屋でも探してみよう。
 
そうこう考えているうちに機体はどんどん高度を下げ、眼下にはヒースロー空港とロンドンの街並みが見えていた
 
 
 

An after story 
of the ending
“Fate”


The second stage
The Tale of Sword
Dragon
 

 

二章:T/倫敦

 
 
 
………ロンドン
 
イギリス及びイングランドの首都であり、イングランドの南東部、テムズ川下流部沿いに位置する、ニューヨーク、パリ、東京とならぶ世界四大都市の一つである。
 
ヨーロッパにおいても有数の歴史ある都市で、ホワイト・タワーにウェストミンスター寺院やセント・ポール大聖堂それに幾つかの宮殿などを代表として、中世及び近世に建てられた建築物が数多く残されている。
 
また、ロンドンはシティ・オブ・ロンドン(単にシティとも)”という中心地(発祥地)から大きく発展した都市で、このシティと周囲の32バラ(自治区)”からグレーター・ロンドン(大ロンドン)”が構成され、その内シティと周辺の12区のバラがインナー・ロンドン、その外縁の20区のバラがアウター・ロンドンと呼ばれている。
 
シティにはイングランド銀行をはじめとする金融機関が集中していて、セント・ポール大聖堂やホワイト・タワーもこの地区にある。
また、シティの南側にはテムズ川が西から東へと流れている。
 
 
 
俺達がこれから通う事になる時計塔”…大英博物館は、シティの中心から西北西に約2.5kmの位置にある。
 
さらに、時計塔のあるブルームズベリー・エリアには、他にもUCLなどのロンドン大学群に属する学校や研究機関があるようで、時計塔の学生はその中に紛れて堂々と通学していると、遠坂が話していた。
 
まぁ、俺はまだ直接見た事が無いので、時計塔やその様子を上手く想像する事はできないけど
 
 
 
 
 
「お嬢様、皆さま、長旅ご苦労様です」
 
空港に到着し、エントランスを出た所で待機していたセラさんと合流した。
 
外に出て分かったが、こっちは少し肌寒い。
さっきチラッと見た空港の温度計は、10度くらいだった。
 
ロンドンは降水量と気温の年較差が小さく、日本のような四季は無い。
海流と大気の影響で、夏場でも最高気温は20度前後、冬場の最低気温はマイナス3度前後と、緯度が大きい割には温暖で、一年を通して過ごしやすい。
 
その代り、一日の気温の変化気温の日較差は大きく、季節によっては日中と夜間では10度も温度差がある時もある。
また、一年を通して雨が多いのも特徴だ。
その点で言えば、今日が晴天なのは幸先の良い事ではないか
 
 
 
セラさんの車に乗り込み、俺たちは新しい我が家へと向かう。
 
車内が静かなのは、皆長旅で疲れて眠っているからだ。
さっきまで寝ていたイリヤと桜に加えて、遠坂まで桜にもたれ掛かって眠っている。
お互いに寄り添いながら眠る二人は、何とも微笑ましかった。
 
窓の外に目を向け、流れていく景色を眺める。
 
沿道には街路樹が立ち並び、石造りの家が道路に沿うようにして規則正しく建てられている。
このあたりは、日本と違い計画的に土地整理が行われたからだろう。
 
よく見れば、屋根だって隣接した家同士では似た色をしているしそれに何より、電線が無いので広々とした印象を受ける。
また、今通っている場所は市街地から外れているらしく、人通りと交通量はさほど多くはなかった。
 
 
 
 
 
……
ぼんやりと風景を眺めて一時間ほど経った頃だろうか、車は先ほどよりも家が少なく、木々も多い場所を走っていた。
 
「皆さま、まもなく到着しますのでお目覚めになってください」
 
ハンドルを握っているセラさんが声をかける。
俺も隣で寝ている二人を揺すって起こした。
 
「おい桜、遠坂もう着くぞ」
 
……なんですかぁせんぱい、もう朝ですかぁ?」
 
……ん、んんふあぁ何、着いたの?」
 
若干寝惚け気味の桜と、いつものように、どよ〜んとした目を擦っている遠坂。
その二人の様子に笑いそうになりながら、俺はもう一度声をかけた。
 
「いや違うぞ、桜。もうそろそろ新しい家に着くから目を覚ましてくれ。遠坂も、もう少しシャキッとしなきゃ」
 
っつ!?あ、あのはい、わかりました」
 
ふん、言われなくてもわかっているわ」
 
 
 
そうこうするうちに、前方に煉瓦と鉄格子の塀が見えてきた。
車はその塀に沿って30mほど走り開いていた門をくぐると、両側に立木が並ぶ道を50mほど進んで、玄関の前に横付けした。
 
……すごいな……
 
これがこれから私たちの住む家ですか
 
車を降りた俺と桜は、呆然としながら屋敷を見渡している。
 
先ほど通って来た道を挟んで見事なまでの左右対称。
塀に囲まれたおよそ3000平方メートルの庭には、左右それぞれ四角形に枝を切りそろえられた立木と赤煉瓦で造られた花壇が幾何学的に配置され、その中心には細かい彫刻の施された白い噴水がある。
 
晴れた日には噴水の周りで食事をしたり、機会があれば何十人か招待してガーデンパーティが開けそうなくらいだった。
 
そして、建物自体も冬木の遠坂や桜の屋敷と同様に、どっしりとした威厳漂う二階建の洋館だった。
ただ、冬木の彼女たちの家よりも大きく、屋敷を囲む緑と綺麗な庭園に合う穏やかな感じもする不思議な佇まいをしていた。
 
「私たちが去年の夏に来た時には、こんなに整えられていなかったわ。セラとリーゼリットが頑張ってくれたのね」
 
そうか、本当に二人には感謝しないとな」
 
庭を眺めながら話をしていると玄関のドアが開き、リーゼリットさんが出迎えてくれた。
 
「おかえり」
 
リーゼリット、どうしてドアの外で待っていなかったのです?」
 
セラさんがリーゼリットさんに文句を言っている。
 
「もうすぐみんな来ると思ったから、お茶の用意をしてた」
 
「そ、それは良い判断です。では、お嬢様、皆様、お部屋に行く前にお茶に致しましょう」
 
少しお堅いセラさんの小言を、リーゼリットさんはマイペースに受け流す。
 
自分の部屋がどんなものか気にはなるけど、ちょうど喉も渇いているし小腹も空いている。
俺たちは部屋履きに履き替え、二人に連れられてダイニングに向かった。

 

 

 


 
ダイニングに入ると、夕方の少し赤い光が白いカーテン越しに差し込んでいた。
 
部屋の中央には十人掛けの縦長な大きなテーブル、上座の席の後ろには暖炉があり、その隣の扉はキッチンに繋がっているようだ。
気になる、是非とも後で確認しておこう。
 
また、部屋の後ろには食器棚と大きな壁掛け時計、それに前方以外の壁には絵画が一枚ずつ飾られていた。
家具はどれも年代物のようで、この洋館にぴったりだった。
 
俺達がテーブルに腰かけて待っていると、二人のメイドは慣れた手つきでお紅茶を淹れていく。
そして、支度が整うと二人は壁側で立って待機しているのだった。
 
二人とも、一緒に座ったらどうです?」
 
「いえ、私たちは従者ですので」
 
にべも無くセラさんに断られる。
 
でも、少し落ち着かないんだけど
 
日本にいた時、俺の家でも同じやり取りをしていた。

まぁ、あの時はさすがに雰囲気に合っていなかったので彼女たちも渋々着席していたが
 
場所が変わっても一緒に住んでいるのだから、同じテーブルに座って食事やお茶をしたいと、思うのだけど。
 
「セラ、リズ、いいから遠慮せずに一緒に座りなさい」
 
「わかった」
「かしこまりました」
 
イリヤの鶴の一声で二人は座る。
 
イリヤは普段は見た目通り子供っぽい言動をとるけど、こういった場面ではとても気が利く大人びた一面があるんだよな
 
俺は、ゆっくりと紅茶を飲みながら肩の力を抜いた。

まだボケッとした感じは抜けていないが、少しは頭がすっきりした気がする。
 
 
 
皆さんは、明日からどうするんですか?」
 
少しして、桜が尋ねてきた。
 
時計塔の入学式まで数日あるし、私は部屋の整理が済んだら市街にでも行ってみようと思っているわ」
 
「あっ、じゃあ私も一緒に行っても良いですか?」
 
「いいわよ、私も皆を誘って出かけようと思っていたし」
 
「それなら衛宮先輩とイリヤさんもご一緒しませんか?」
 
「ええ、ご一緒させていただくわ」
 
イリヤは快諾したが、女の子の買い物に付き合ったらどうなるかは目に見えている。
 
ごめん、ちょっと一人で見て回りたい所があるんだ」
 
せっかくの誘いだけど、自分のペースでゆっくりと散策したかったので断った。
 
そうですか。じゃあ、また今度一緒に出かけましょうね」
 
「あぁ、俺も良い店探しておくよ」
 
「はい」
 
桜は少し残念そうな顔をしたが、俺の言葉を聞くと顔を綻ばせ、今はイリヤと明日の話に花を咲かせている。
 
士郎、上手くかわしたわね
 
遠坂は俺の考えていた事が読み取れたらしく、ジト目でこっちを見ていた。
 
「ははは
 
俺は引き攣った笑いを浮かべるだけだった。
 
さぁ、そろそろ自室に行って残りの荷物整理をしましょう。あと皆、夕飯には顔を出しなさい、今日は移住記念のお祝いをするから」
 
「わかったよ」
 
「はい」
 
じゃあ、セラ、リズ、わたしたちを部屋まで案内して」
 
「かしこまりました」
「わかった」
 
その後、二人の案内で俺たちは自分たちの部屋に移動した。
 
 
 
この屋敷は中庭を挟んで二棟に分かれており、それが玄関の部分で一つに繋がった構造となっている。
二階の西側には俺と遠坂が、東側には桜とイリヤが、互いの部屋の間の部屋は各ペアの工房にするのだそうだ。
 
そして、俺は西棟の一番奥の部屋を宛がわれた。

十六畳ほどだろうか?
一人で寝起きするには大きすぎる感じのする洋室だった。
 
はは、こりゃ慣れるまで大変そうだ」
 
畳の上で布団を敷いて寝起きしていた俺としては、フローリングで絨毯ベッドで寝起きというのは馴染みが無い。
ただ、部屋や家具の簡素さは肌に合う。
古い家具の持つ、落ち着いた雰囲気も気に入った。
 
さて、元々俺は荷物なんて殆ど無かった。
以前遠坂から渡された本や、衣類などは既に片付けられている。

長旅の疲れもあり、俺は夕飯まで眠る事にして、整えられていたシーツの上に大の字に寝転んだ
 
 
 
 
 
………それでは、私たちの新しい門出に、乾杯!」
 
「「「乾杯!!!」」」
 


シャンパンの入ったグラスを掲げ、乾杯の合図で皆一斉にあおる。
 
この屋敷の地下にはワインセラーがあるらしく、イリヤが冬木の城から厳選して持って来たワインとシャンパン、それにアインツベルン特製の蒸留酒が貯蔵されているそうだ。
 

 
俺たちは今、一階のリビングで宴会の真最中だった。
 
 
 
って、おいおいイリヤ、お前、酒なんて飲んで大丈夫なのか?」
 
年齢的なものはまぁ、無礼講としてだ。
こんな小さな子供が、ガバガバ酒なんて飲んで平気なのだろうか?
 
「失礼しちゃうわね、シロウ。わたしはこんな量じゃ酔わないんだから」
 
そう言って、また一本シャンパンを開ける。
 
「まぁまぁ、今日ぐらいは堅い事は言いっこ無しにしましょう?」
 
「そうですよ。ささ、先輩もいったいった」
 
「お、おい二人とも何をん!?んぐぅうぐぅ!!」

遠坂と桜に背後を取られ、イリヤにボトルからドバドバとシャンパンを飲まされる。
 
「お、お嬢様!?そのような事を!!」
 
「だって、タイガが前にやっていたのを見て、わたしもやりたかったんだもの」
 
くっ、みんな衛宮邸[ウチ]で長くすごし過ぎたか!
藤ねぇの酒癖の悪さが伝染している!!
 
わたしもやってみよう」
 
リーゼリットさんも隣で、赤ワインを一本一気飲みしている。
 
「リーゼリット!貴女は何をしているのです!!」
 
「あはは、いいぞー、リズー」
 
 
 
ああもう、収集がつかないなこれは
 
 
 
結局、まるまるボトル一本一気飲みさせられた俺はソファの上に撃沈し、朝起きた時には一人、パンツ一枚で毛布に包まった状態でリビングに放置されていた。
 
なんでさ。
御馳走やワインのボトルは片付けられているのだから、一言俺にも声をかけてくれれば良かったのに
 
そうして、俺のロンドン生活一日目の朝は、二日酔いによる頭痛と、何とも言えない虚しさで幕を開けたのだった
 
 

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